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もうすぐクリスマス

昨日、ギュウギュウのバスに乗っていた。

私の両膝には両隣のに座っているドミニカ人片尻がそれぞれのっかって
誰もがすっかり身動きはできない状態だ。

許容範囲を倍以上に超えた密度でさすがにこれ以上はもう乗ってこないだろうと
誰もが確信していたときに、カバのような超巨大なドミニカーナが乗ってきた。


運転手が思わずこう叫ぶ。

「エイエイエイ!ゴルギータ(おでぶちゃん)!勘弁してくれよ、もう乗れないよ。」

女性 「乗れるわよ、もっと詰めてよ」

運転手「太りすぎだろ、ダイエットしろよ」

女性 「何よ、なんであんたにそんなこと命令されないといけないのよ、私の彼氏でもないのに」

運転手「だって、太りすぎだろ」

女性 「それなら私じゃなくてママに言ってよ、ママが料理しているんだから」

運転手「毎日何食べてるんだよ、特大ステーキ?スペシャルケーキ?大量のお米?」

女性 「全部よ」

(車内爆笑)

乗客 「でも、彼女特大サイズのいいお尻してるじゃないか、オレは好きだよ」

女性 「あら、ありがとう、この大きなお尻は私の自慢なの」

運転手「おー、カップル誕生だね、おめでとうさん、好きにやってくれよ、但しバスを降りてからで」  


と、こんな自由な会話が飛び交う。



この国では知らない人を呼ぶときに、パッと見たと時の特徴で呼ぶ。
失礼とか相手の気持ちを・・とか、そんなものは関係ない。


例えば
太っていれば、ゴルギータ(おデブちゃん)
痩せていれば、フラキータ(細い人)
黒人なら、ネグロ(黒色)
白人なら、ブランコ(白色)
金髪なら、ルビア(金色)
美人なら、ボニータ(かわいい)

なんとも単純な発想。


この前薬局にいったときにコカコーラの補充をしていた業者に
薬局の人たちが「オラ、コカコーラ!」と呼んでいたのをきいて笑えた。
とにかく何でもありのようだ。




今日も家の中はロスメリーの花歌声が響いている。
お掃除をしながらレゲトンを歌う。


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歌いながらお掃除をするロスメリーは見ていてほほえましいが
長女のナティーは踊りながら掃除をするので笑えてしょうがない。



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ネリアはクリスマスにむけて家の壁を塗り替えている。

私たちが住んでいるアパートはもちろん貸し屋なのに
好きなところにガンガンと壁に釘をうったり壁や扉の色を塗り替えたり・・

「自分の家じゃないのにそんな勝手にやりたい放題していいの?」と聞くと
「ほら、みて、かわいくしているんだから問題ないのよ」
とまったく納得のいかない答えと笑顔が返ってきた。


ここではなんでもありなんだなと本当つくづく驚く。



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活動の方はというと、昨日オーシャンワールドというプエルトプラタにある動物テーマパークのような所へ観光誌を作るための情報収集にいってきた。

ここは大型ホテルとテーマパーク、アパート、マンション、レストラン、ディスコ、そしてクルーザーが停泊できる港などが全てそろった集合観光地区である。


ここにあるイルカのラグーンは世界一の広さを誇る。

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欧米が冬の季節を迎えているのでトコ夏のドミニカ共和国にバカンスに訪れる観光客が増え、観光シーズンを向かえていることもあり、観光客も増えてきた。

楽しそうにバカンスを過ごす家族連れが目立った。

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予め観光省からレターを送って話はしてあったので、イタリア人とカナダ人のマーケティング担当の方が丁寧に案内してくださったのはありがたかったのだが「スペイン語でお願いします」と何度もいっているのに、私のスペイン語がまだまだ乏しいのと、欧米人には「日本人は英語がわかる」というイメージが強いらしく英語で説明されるので、途中から言っていることがさっぱりわからなくなった。

が、私は平気だった。


前までは「英語が話せたらなあ・・、帰国したら勉強しようかな」なんて思っていたはずなのに
その状況にすっかり慣れてしまい、このだらしない私の性格も手伝って今では英語は「無視」することに慣れてしまったのだ。


何でも物事に慣れるまでには時間を要する。

後ろに転んでも前に転んでも慣れるまでに費やす時間はたいてい同じだが
私の場合後ろに転ぶことが多いことを最近自覚した。


それでも私は平気だ。


後ろに転ぶことにさえも慣れてしまったたからだ。
慣れたというより、ここで学んだといった方が正確かもしれない。


あれもこれも同時にやることはできないし
何かを選ぶときは何かを諦めないといけないし
何かを頑張ったあとはしっかり休まないとね。

そう思えば昔の私はアレもコレもと欲張りだったなーと思い出す。





鳥もたくさんいた。

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鳥はあまり好きではないのだが
はじめて鳥をキレイだなーと思った。


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担当の方が一生懸命いろんな鳥の説明をしてくれたのだが
私は終始、上から糞が落ちてこないかそれだけが心配で
そそくさと鳥コーナーを後にした。


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本題に入る前に近況だけでなんだか長くなってしまったので
ここで一回終わらせるとする。

本当なら私はこの国に居る間、毎日でもブログを書きたい。
この国での日常は本当にとてもおもしろいからだ。
楽しいことというより、呆れること、信じられないこと、くだらないことがほとんどだが、日本に居るみんなとそれを共有できたらもっと楽しいだろうと思うから。


でも、ここは毎日電気があるわけではないし
家族といる時にパソコンに張り付くわけにはいかないしで
ちょっと難しいのが残念だ。


長くなったので一回終わらせようと思ったが
今日は電気もネットもあるのでやっぱり続けることにする。



今回は私の友達のマリアを紹介する。



私のことを孫のようにかわいがってくれて
私も自分のおばあちゃんのように慕っているマリア。

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彼女はとってもパワフルでやること成すことスケールが違って一緒にいるととてもおもしろいのだ。


友達を家に招待して食事をしたりパーティーをしたりというのは
この国ではよくあることだが、彼女の場合はスケールが違う。
「みき、パーティーをするわよ!」とその思いつきのような彼女の一言で計画は始まった。



普通ならラジオを大音量にして家の中で踊るところだが
彼女の場合、ラジオではなくまず、首都から音楽隊を呼び寄せる。
そして生演奏で踊ることに。

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場所は家でも近所の公園でもなく、大きなイベント会場を貸しきる。
ブルガルという例のドミニカ共和国で一番大きなラム酒の会社とも
どうやってか知らないがいつのまにか協力してもらって
バーカウンターやステージも設置される規模だ。


呼ぶ友達の人数も半端ではない。
夕方の6時からはじまったパーティーには
百人以上の人が集まり、踊りはじめる。

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9時を過ぎてもとにかく踊る。

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12時を過ぎても、おじいちゃんだっておばあちゃんだって
元気に踊る踊る踊る。

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夜中の2時、気が付けば彼女は自らステージにのし上がって踊っていた。

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夜中の4時。
なんだかマリアはもう空へ飛んでいきそうである。

つい昨日視察で訪れた時にみたオーシャンワールドで見た
例のカラフルな鳥を思い出させた。


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パーティーが始まってから10時間後
朝の5時・・・やっと終わった。。

全身汗だくでヒールの靴を履いていた私の両足はピクッ・・ピクピクッ・・と痙攣していた。
走ったことはないが、24時間マラソンを終えてやっとゴールしたような、そんな気分であった。


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私はクタクタでひっくり返りそうだというのに
後で知ったのだが彼女は朝の5時からモリモリと準備していたというから
もう本当に信じられない。



その日は彼女の家にと泊まらせてもらう。


10時頃目が覚めると彼女はとっくに起きており
掃除も済ませて私の朝ごはんを用意してくれていた。

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私の大好物のシュカ芋とチーズの揚げたやつだ。
私がコレが好きと知ってから、毎回マリアはコレを用意してくれるのだ。
そしてオリーブオイルなどをかけてちょっとオシャレに味付けされた彼女の料理はいつもとってもおいしい。


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ちなみに写真をみてのお分かりの通り
彼女は朝から「肉」を食べる。




朝食を終えると彼女がいないことに気が付く。
家中探し回っていると、お庭のプールでひまごさんと遊んでいた。

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そう、彼女の家はプールつきだ。
どこかのお城に迷い込んだかのような
大きなおうちだ。


どのくらい大きな家かというと
まず、入り口の門から玄関までが遠い。


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初めてお泊まりにお邪魔したときに
「ベットは15つあるから好きな部屋で寝て」
と言われて唖然とした。



そして、午後から夜にかけてクリスマスに向けての準備を手伝った。
もちろんそのスケールもスゴイ。



家中の家具をぜんぶ倉庫へ運び出し
それはそれは大規模のデコレーションがはじまる。

なんだかいろんな道具がでてきて
彼女は建築か大工かそれ関係の経験があるのかと思わせるほど
慣れた手つきでそれらを使いこなす。

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彼女のほかの友達もてづだいにきて
音楽や電気の接続までますます大掛かりに。

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どこからかペンキやらハケやらでて
色塗りも彼女自らやってでる。


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私は電車の線路を担当した。


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そして着々と日数をかけながら
デコレーションの準備はこんなかんじで家全体に広がる。

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そして最初にデコレーションが完成したのは台所。

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ひとつひとつの食器もぜーーーーんぶクリスマス。

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そしてトイレ。


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1ヶ月半かけてのできあがりはこんなかんじ
そこにはミニチュアのかわいらしいクリスマス色の街が。

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ひとつのスイッチをいれればたくさんの音楽とカラフルな光が点滅し
電車が走り出し、ミニチュアの街中の家に電気が灯る。
また違うスペースには違う街が広がる。

よくみると、たくさんの人が街を歩いていたり、自転車にのってプレゼントを運んでいたり、ひとつひとつの細かいこと・・・

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天井に届きそうな大きなツリーも完成した。

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あくる日にはテレビ局が、小学校の生徒さんが
あくる日にはドミニカ共和国海軍候補生たちが・・
それまたいろんな人がそれを見に訪れる。

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私もこちらの家族を連れて行ったら
驚きのあまりナティーはカチンコチンになっていた。笑

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マリア75歳。
やる事成す事、その規模も普通の人の75倍!笑

毎朝6時におきて出勤前にジムで1時間運動し、8時から5時までは自分の経営する旅行代理店デモリモリ現役で働き、お手伝いさんを雇うこともなく料理、洗濯、掃除、全ての家事を自分でこなす。



彼女は、私の日本の家族がドミニカ共和国に遊びに来たときも
自らの手料理を用意して、うちの父親、母親、妹を招待してくれた。


彼女がこんなにも私に良くしてくれるのは日本が大好きだからだ。
彼女は今まで50カ国以上を旅しているが、日本が一番好きなんだとか。


彼女は「日本人ほど教養があり、人に優しく、美しい国は他にはない」と言う。
日本人としてとても嬉しい限りである。


あと4ヶ月で帰国だ。


帰国をまじかに一番の私の心配といえば
マリアのそのスバラシイ日本人のイメージを
私が崩してしまっている気がしてならないことだ。。。汗


日本もすっかりクリスマス模様だろうか。
みなさんも家族と、恋人と、友達と、楽しいクリスマスを・・・★


今回のこちらの音楽は
今町中あちらこちらで流れていて
聞こえるとみんな踊ってしまう
ドン・オマールのこの曲。



Don Omar - Danza Kuduro ft. Lucenzo




食生活

日中は暑いが最近夜は寒い。


冷水のシャワーが身にしみる。
私にとってこの国にきて日本の恋しいのは
日本食より日本語より「お湯」だ。


シャワーの後、またグッと我慢が必要なのが
冷えた体に鞭打つようにビュンビュンと風を浴びながら
扇風機で髪を乾かすこと。
しょうもない小言だが、結構我慢が必要でシャワーの時間になるとグズグズして憂鬱になる。


同じ国で活動するボランティアでも、電気と水の有無はともかくお湯もでる家に住むボランティアも多く
こればかりはうらやましく思ってしまう。


一応うちにもドライヤーはある。
今まで3回ほど家で使ったことがある。


そのうち2回は念のためドライヤー最弱風で設定したものの、やっぱりスイッチを入れた瞬間、ブレーカーが落ちて家中の全部の電気が消えて「アイアイアイアイア!ミィキィー!!」と家族に」叫ばれる始末。
そうなるかもしれないとはわかっていたことだがちょっと希望をもってやってしまった。


そして、うち1回はコンセントを刺した瞬間、感電した。
右腕から肩をぬけて両手や耳のあたりまで
ビビビビビビビビビビビビーーーーーッと感電して
一瞬何が起こったかわからなかったが、確実に感電していた。

それ以来恐ろしくてドライヤーはもう使っていない。




ところで先日大型の台風がきていたので
首都に3日ほど避難していた。


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この国は下水事情や道路事情も悪いので大雨がふると
あらゆる場所から町中に水が溢れて道が川みたいになる。

そしてその溢れた汚染された水がどこに行き着くかというと海だ。
せっかくのキレイなはずのカリブ海が一面ドブ色になっていた。


うちの観光省はというと最近続いた雨のせいで
腐りかけていた天井の一部分がが落ちてきた。


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誰もこの席に座っていなかったのが不幸中の幸いというか・・
机もパソコンもバキバキに破壊された無残な姿が。

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感電したり天井が落ちてきたり
私にとって漫画の世界のような日々が
ここでは彼らにとっての「日常」なのだ。



避難を負えて任地に戻る前に
担当のボランティア調整員が食事に連れて行ってくれて
どのくらいかぶりにおいしいものを食べた。


ドミニカ料理のレストランだ。
というわけでいい機会なので今回はドミニカ料理を紹介します。

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私の任地にあるバナナの葉でできたような概観と比べて
やっぱり首都となるとちょっとモダンなかんじだ。
海沿いに位置していてかわいらしい雰囲気。

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ドミニカ料理はCOMIDA CRIOLLA(クレオール料理)と呼ばれ、アフリカとヨーロッパそしてカリブ地域の土着の味が融合した料理だ。
スペインの影響を受けており、チーズやソーセージ、ハムやサラミがよく食べられている。
主食は米ともいわれているが、地方によってはプラタノという調理用バナナや芋類もよく食べられている。




まずは魚料理。
ここは島国なのに魚は肉よりも高価で
日常ではほとんど食べられていない。
実際に私も魚介類を口にしたのは3,4ヶ月ぶりだった。
味付けはレモンやお酢をあえて玉ねぎと一緒に食べることが多い。

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これは、お米と鶏肉のだしでとったスープを一緒に湯がいて食べるソパオ。


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ハムとチーズを鶏の胸肉で巻いてクリームソースやココナッツソースをからめた鳥肉料理。
見た目どおりとってもおいしい。

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エビのにオレガノというよく使われる香辛料やガーリックをからめたシーフード料理。


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お米は白ご飯に豆を煮込んだソースをかけて食べる「アビチュエラ」か
このように豆類を混ぜて炊く「モロ」などが多い。



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お芋は湯がくか揚げるかどちらかで
これはジュカ芋という山芋と里芋に似たりよった入りの味の芋。
とってもおいしい。
揚げたチーズやサラミとの愛称がいい。

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といったかんじで、ドミニカ料理はおいしく
個人的には日本人の口にはあう方だと思う。



といってもこんなおいしい料理を毎日ドミニカ人が食べているわけではない。
では実際のドミニカ人の食生活はどうなっているかというと、一言でいえば基本「鶏肉」である。


こんなに鶏肉ばかり食べる人種が他にあるだろうかと疑うほどだ。


たしかにこの国の鳥肉は確かにおいしいのだが
3時のおやつにまで鶏の丸焼きを食べていたりする。


どおりで街のいろんなところでニワトリをみかける。
こんなふうに。


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アップでみてみると・・・・
やっぱりニワトリさんである。

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バスにもニワトリがぶら下がっていたりする。

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昼食は鶏肉にお米や芋などボリュームたっぷりだが
夜は結構質素だ。


例えば、昨日のうちのばんごはパン。
パンだけだがみんなよく食べるのでいつも量は多い。

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パンといっても少なくとも見た目と食感がパンなだけで
せめても小学校のときの給食のパンのように味があればいいが
味はなくもちろん全然おいしくはない。


でも、昨日は冷蔵庫の中はきれいに空っぽで
バターもマヨネーズもなかったので
昨晩の夕食は水とパンだけだった。


でも、こんな質素な晩御飯はしょっちゅうなので「あー・・またこのパンかぁ・・」とガクシとはするが
着任当初のように日本のクリームがのっていたりお砂糖がまぶしてあったりする色とりどりの菓子パンを思い出すことも最近はなくなった。


去年の誕生日に瓶詰めのイチゴジャムをプレゼントしたら
彼女たちは今までジャムを食べたことがなかったらしく
「おいしい!」と感動して一日で食べきっていた。


長女のナティーが思いついてココアを用意してくれて
パンをココアに浸しながら「チョコの味がする!」
と言いながらみんなでワイワイ楽しく食べた。


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私の住んでいるところは小さい街ながらに中心地だが
うちから1時間もいけば山や川の自然に恵まれた田舎町が広がり
田舎になると食事もまたちょっとかわってくる。


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田舎の家はバナナの葉っぱや木でできた簡単なつくりで
私が住んでいる街中よりまた一層とまったりした時間が流れている。


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ごはんの調達はこんなかんじ。

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これは台所。


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ドミニカ人は、というより特にこの国の男性はとても優しいのだが
田舎にいくと人はさらに優しい。

山道を歩いて泥で汚れた私の靴を見て
「靴が汚れてるから僕が洗うよ」と、サラッと洗ってくれた。


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山を歩いていれば靴が汚れるのは当然なことで
そんなことに気がつく日本人がいるだろうか。


以前活動で、観光省の車でで少し遠出をしたことがあって
帰りの車の中で「みき眠そうだけど、眠たかったら寝たらいいよ」と運転手に言われて
すっかり眠りこけてしまったことがあった。


どのくらいかわたしはすっかり熟睡していて、
が覚めたときに道端に車が停車していることに気がついて
ガソリンがなくなったのかと聞くと
「みきがゆっくり休めるように車を止めてたんだよ」といわれて驚いた。


私が目が覚めないように運転をやめて車を止めていたというのだ。

「・・なんじゃそりゃ!!」とその時は思ったが、
ドミニカ人は日本人が思いつかないそういう優しさをもっている。



ここでの生活ものこり5ヶ月。

最近晩御飯がますます質素でねえ・・とつぶやく私に、ボランティアを終えた先輩隊員から「そんなおいしくないパン、日本に戻ったらどこ探しても食べられないよ」と言われて、思わず笑ってしまった。


確かにその通りだ。


とはいえ、最後に一ついわせてもらうと
今一番食べたいものは
日本のケーキ家さんのショートケーキかな!!



今回の音楽はPrince Royceというドミニカ人が歌う「Stand By Me」
先週ラスベガスで中南米のグラミー賞も受賞している。

一味違ったのStand By Meのドミニカ
バチャータバージョンを是非聴いてみて★
ホッコリ癒されるはず・・★



Stand By Me


音楽の世界

一週間ほど下痢が続き、ここ最近苦しんでいた。

ただの腹痛だと思っていたものがそのうち
胃が握りつぶされるような激痛に変わり
体中から汗が噴出して息をするのも苦しくなってさすがに異変を感じたところで
韓国人のボランティアの友達に「それ、私も先月なったけどアメーバじゃない?!」と指摘され、ギクッとする。



アメーバといえば何年か前にインドネシアへ旅行へいった時を思い出す。
インドネシア語の初心者サーフィン体験を受講をして
わけのわからぬまま汚い海水をたっぷり飲んで
その後、数分おきに繰り替えず嘔吐と下痢と発熱で
午後には入院を余儀なくされた。

結局せっかくのバカンス、出国日前日ギリギリまでトイレとベットの往復を延々と繰り返し、一人病室で過ごしたあの苦い思い出・・・


下痢をした場合、弁に血液が混じっていたら「アメーバ赤痢」
弁の色が白くっぽければ「コレラ」と言うのは知っていたので
そんな重症な病気ではないとは思っていたが
2回目のアメーバかもしれないとなればなんだかやりきれない気分になった。


病院での検査結果には「もちろんアメーバ」とあった。
近所のカフェテリアで飲んだフルーツジュースが原因のようだ。

日本だとそのカフェテリアを責めるだろうが
この国だとそれを飲んだ自分以外の誰に責任もない。
ここは日本とは違うのに、生活に慣れるとそういう感覚がどうしても欠如してしまう。


原因のせいでこっそりたまに外でフルーツジュースを飲んでいたことがママにばれる。
「みきが飲みたいときはいつでも私が家で作るから外のジュースはもう飲んじゃだめよ」と釘をさされる始末。
 

点滴、注射と繰り返し、ママの手作り人参ジュースも手伝って
なんだか元気になったと思って調子にのって家で溜まっていた洗濯物を手洗いしていたりしたら
今度は脱水症状で病院へ送り込まれて再度点滴を・・


それから2日が経ち、下痢もおさまり元気になったので
チーズたっぷりのパスタを食べて油モノの解禁を自分自身でお祝いをした。
そのおいしさに感動した2時間後にはやっとおさまっていた下痢を再開させてしまい、またベットで蹲る破目に・・


と、グズグズと完治を自分で遅らせてしまい
今もまだしっくりはきていないが
なんとか週末までにはだいぶ元気になった。


なんだか前置きが長くなったが
週末までに回復しないといけない理由があった。


今週の土曜日は、私にとっての重要イベントがあった。
私にとって人生初の「サルサコンサート」。


アルベルト というコロンビアのトロンボーン奏者で構成された
コロンビアのサルサグループ。

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サルサのコンサートは、日本の歌手のコンサートのような感じよりは
歌と同等かもしくはそれ以上に演奏がメインになってくるので
ミニオーケストラといったほうが日本人のイメージに近いかもしれない。


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とにかく本当に最高によかったのだ。
会場の椅子はあってないようなものでみんなステージ前まででて
私も一番前というよりステージ下に張り付いて彼らを見上げながらウットリ見聴き入ってしまった。


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コンサートの様子はこちら。
日本とはまた違ったコンサート風景で
こんなかんじで生演奏が聴ける。

トロンボーン奏者のアルベルトはもちろん素敵で
ティンバレス(ドラム)の男の子なんてまだ19歳だとか・・
ホント素敵だったなー★



サルサ コンサート動画



このコンサートのビデオをみて気が付いた人も多いはず。


中南米の音楽には日本の音楽をひっくり返してもでてこないような
慣れなくもおもしろいリズムがラテンの音楽にはある。


そのリズムの謎について、もともと音楽にまったく詳しくない私なりに説明してみるので
音楽に無縁の人も中南米がなんのことやらといった人も
是非興味をもってちょっと読んでみてほしい。
今まで知らなかったおもしろい音楽の世界がみえてくるはず!



今では中南米の主ともされるサルサ音楽は、キューバやプエルトリコの音楽をベースに、1959年のキューバ革命以降、1960年代にNYの主にプエルトリカンによって生み出されたスペイン語圏の音楽。


その音楽で踊るのがサルサダンス。
プエルトリコはサルサの母と言われている。
有名なサルサのミュージシャンも、プエルトリコとNYが多く、ほとんどはそこで録音されている。


ほかではベネズエラ、コロンビアのバンドが人気を博しているらしい。
キューバでもサルサ系の音楽が大流行しているが、独特なリズムを持っていてそれぞれの国で特色があるようだ。
この独特なリズムというのは、いわゆる彼らの体に染み付いたリズムのことだ。


サルサのリズムは、1234、5678の8つのカウントから成る。
といってもどこでリズムを取るのかは、その感覚をもたない私たちにすれば結構難しいはず。


というのは日本や欧米のの音楽のように、ロックやポップスのような分かりやすくリズムをキープしているドラムやベースがあまりなく、コンガ、ボンゴ、ティンバレスといったパーカッションの複雑なリズムのコンビネーションがベースとなっているから。


その上ベースもウラ乗りというが多いらしく、オモテのビートがなかなか分かりにくい。
それは何もわざとリズムを複雑にしようとしているわけではなく、それが中南米の人に染み付いた彼らにとって心地よいリズム感だからなのだ。


だから私たちにとって個々の楽器を細かく聞くのは難しいとして、こちらの音楽は全体の流れやボーカルを聞くと雰囲気が掴みやすいといったところだ。



つまり、サルサを始め中南米音楽を感じるための「リズム感」というのは
それを彼らのようには持ち合わせていない私たちにはとっても興味深く、魅力でもあるのだ。



あくまでこれは私の感じ方であるが、日本のPOPとされている音楽は歌手が主旋律を歌い、ピアノやドラムがあくまで主旋律のメロディーを壊さないよう、補足的な役割でメロディーを手伝うように滑らかに演奏される。


それに対してラテンの音楽は歌手が主旋律を歌い続けることはなく、むしろ歌も楽器のリズムの一部として機能している。
そして何種類もの打楽器が、それぞれのリズムを刻み、そこにベースや管楽器、歌、ピアノが異なったリズムで演奏して構成されている。


では、その謎のリズムのヒミツに迫ってみよう。


とっても複雑なリズムをサラリと演奏する人達の身体の中に共通して流れているのが「クラーベ」なのだ。
「クラーベ」とは、ラテン音楽全般の中のベーシックとなるリズムパタンのこと。


クラーベというのはスペイン語。
日本語にすると"鍵"。


まさにリズムの鍵。
ラテンリズムの扉を開ける鍵!! といったところだ。



それがコレ。
このたった2小節のこのリズムが全ての基礎になる。
ピアノを習ったことのある人はこの楽譜をみてリズムが踏める人もいるかも?


2_3clave[1]


しかし、私のように幼少時代にピアノをかじったことがある程度の人なら
「なんじゃこりゃ・・・」と楽譜を見てもさっぱりの人も多いはず。


彼らのように体にリズムが染み付いていない私たちには
複雑に思えるこのリズム、手っ取り早く音をきいてみよう!


これがサルサ、サンバ、ソンなどラテン音楽の基礎になる「クラーベ」のリズムだ。

2_3clave.mid



サルサを始め中南米の音楽ははこのクラーベという基礎になるリズムにベースやピアノが加わり、コンガ、ボンゴ、ティンバレスなどのパーカッションでリズムが構成されている。


では、クラーベにそれの楽器が加わったららどんなリズムになるか・・というのがコチラ!
日本の音楽をひっくり返しても似つかないおもしろいリズムが生まれてくる。

latinens.mp3


このリズムににトランペットやトロンボーンなどのホーンセクションが
単発なメロディーを加える形でサルサの音楽が完成される。


私はこの国にきて私の一番の娯楽はサルサを踊ること。
個人差はあると思うが、自覚するかぎり特にリズム感がよくも悪くもない私の場合
習い始めた当初は聴きなれない音楽からうまくリズムが拾えず
123,456・・と音楽にあわせて基本ステップを踏めるようになるのに
足がもつれて数ヶ月かかった。



基本ステップが踏めるようになったあとにぶち当たった壁は「腰使い」。
実際踊り始めて分かったがサルサは腰、肩、胸、首、体全身を使って踊る。
特にクネクネと自由自在に回される女性の腰使いは
やってみると、見るよりずっと難しい。

きっと骨盤あたりの何箇所の間接が外れているのではないかと疑うほどだ。


ということで私はベリーダンスの教室に通うことにして3ヶ月ほど習ってカチカチだった腰を砕こうと試みたが、「興味の無いものは続かない」という分かっていたはずの教訓を再確認するだけに終わった。


そしてサルサを習い始めて1年たった今、
今ぶち当たっている壁がズムを崩して踊る踊り方だ。


ドミニカ人はサルサを踊る人が少ないが
特にサルサが発祥のキューバ人やプエルトリコ人は
見ていてもわけのわからないステップで踊る。


それは一見リズムを崩して踊っているように見えるが
彼らの体に染み付いているリズムでちゃんと音楽の枠の中で踊っているのだ。
一見高度にもみえる踊り方だがリズム感さえ掴めればとっても簡単なのだそうだ。


そんなこんなで踊りを通じてますます音楽には興味がわいてきたところで新たなアイデアが浮かび上がった!
そのリズム感を理解するために音楽を演奏する側に立てばリズムが理解できるかも・・!!?




というわけで先週からドラムを習い始めた。



「あと半年で帰国しないといけないので、半年でサルサが演奏できるようになりたいんです。」
と、口コミで知ったドラムの教室を訪ねてみると「それなら早速今から叩いてみな!」とひとつ返事で陽気にこたえてくれたラモン先生。
現役でコンサートやイベントでドラムを叩きながら気まぐれに教室もやっているといった感じだ。



お猿さんみたいな小さな子供たちがキャッキャと騒ぐ賑やかなクラス。


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とはいえ、このお猿さんたちもバチを握れば音楽が乗り移ったみたいに上手にドラムを叩きだす!
そのバチ捌きに「オオオオオッ・・・!」と驚いてしまった。

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そして実際始めてドラムという楽器ををたたいてみる。
昔から「ドラムおもしろそうだなー」とは思っていたが
思っていた以上に相当おもしろい!!!!


例えばピアノの場合両手でリズムをとるわけだが
ドラムは右手、左手に右足と左足が加わり
しかもそれぞれが違うリズムをたたくのだ。

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習い始めたばかりの私にとっては「演奏」という言葉は程遠く
イメージでいえば「右手あげて、左手あげないで右でおろす・・・」なんていう遊びが昔はやった記憶があるが、
気分はそのゲームに言う事の聞かない重たい両手と両足をもって、苦戦しながらゲームに挑戦しているといったかんじだ。


でも、先生が叩いているのをみていると、途中から先生自体が楽器にみえてきておもしろかった。
「アフリカのリズムはねえ、こんなんで、アルゼンチンのタンゴはこんなんでさ、キューバはさ、、、」と、初日から世界中の音楽の話で夜の8時まで先生と盛り上がった。


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というわけで、残り半年をきった私の帰国までの活動以外の目標は
「南米の音楽のリズムを拾えるようになる」ことと
「サルサのステップを自分で作れるようになる」こと!


帰国したら興味のある人、一緒に踊ろう!


最後に私の好きなサルサのOrquesta la Luz を紹介します。
サルサは中南米だけの音楽だと思っている人も多いはず。


日本初のサルサ・バンドであるオルケスタ・デル・ソルに参加していたパーカッショニストの大儀見元をリーダーとして、1984年に結成されたオルケスタ・デ・ラ・ルス(Orquesta De La Luz)は、日本人が1984年に結成したサルサの楽団。
Orquesta De La Luzとは光の楽団(オーケストラ)という意味である。


1989年の夏にニューヨークのサルサ・フィスティバルで成功をおさめ、翌年BMGビクター(後のBMG JAPAN、現Ariola Japan)より『デ・ラ・ルス』でデビューするビルボード誌ラテン・チャートで11週間にわたって1位を獲得し、圧倒的な人気を得たサルサグループ。




各楽器のソロもあるので是非ごゆっくりごらんになってくださいませー!
Orquesta la Luz


サルサは演奏している人も歌っている人も、踊っている人も聞いてきる人も楽しい気分になるのが解るはず。


これを機に音楽の楽しみ方、楽器を演奏している人は音楽性の広がりの一助となれば幸いです。
まずはラテンの音楽に合わせて動かして踊ってみよう!
するとリズムの奥深さが体感できるはず!!!











もう10月

こちらはまだまだ暑くて
立っているだけで干からびそう・・・

日本はもう秋かなー。



こちらでは何も変わらず穏やかな毎日が流れている。
昨日は「ただいまー」と家にもどると、おもしろい格好でカルラが寝ていた(真ん中の子)。



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そして長女ナティーは「キモチイイー・・・」と耳のお掃除をしていた。

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私がみんなの隠し撮りばかりしていたので、仕返し返しで、おなかぺこぺこで帰宅してごはんをガツガツ食べているところを隠し撮りされた。。。
ちなみに足を下ろして食べると10箇所くらい一気に蚊にかまれるので蚊の多い日は足をあげて食べている。


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家の中とは一変して最近市内は治安が悪い。
今まで銃はみたことがあっても銃声を聞くことはなかったが
ココ最近、夜中や朝方寝ている時に銃声で目が覚めることが何度かある。



夜間に限らず日中でもピストルで脅して
お金や携帯電話や時計を奪う強盗が多発している。


トロピカルの気候に恵まれ一見幸せいっぱいに見えるこの国は
貧富の差がとても激しく強盗やドラッグの売買や事件が絶えないので
最近はさらに警戒して過ごしているところだ。



そして最近うれしかったことが
日本からの母と彼氏からの贈り物。


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お味噌汁や日本のお菓子や化粧品からムヒまで・・・
日本の反対側にいる私からすればコレはまるで宝箱!!!


日本からのドミニカ共和国への発送は空輸で2,3週間かかるが、機械類さえ入れなければちゃんと到着する。
あ、以前届かなかった荷物が、の○こからの贈り物。
なんと生の「梅干」をいれていたというから当然といったところだが。笑



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ダンボールの中の日本のお菓子を見て子供たちは大喜び!
そしてきな粉が大好きなネリアも大喜びだった。


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そして先週、日本から持ってきていた半紙と墨汁を使って
日本語教室の生徒さんに書道を教えてみた。

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想像以上にみんな興味津々のようだった。


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驚いたことにみんなもう平仮名の読み書きができる。
簡単な文も作れるし現在形の会話もできる。

今のクラスを続けながら12月から市内の図書館でも新しくクラスを開催することになった。

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活動のほうもボチボチで観光省にプエルトプラタ県内主要観光地の説明、場所やアクセス方法、施設、入場料などを掲示した。

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任期があと半年をきったので、活動もおわりにむけて観光省で保存できるプエルトプラタのガイドブック、観光誌のようなかんじものもを作成中だ。



週末はイベントにでかけることも多い。


先週の週末がこちらは三連休でメレンゲフェスティバルというお祭りがあった。
ドミニカ共和国の主要都市でメレンゲ(ドミニカ共和国発祥の中南米の音楽)の
コンサートツアーのようなもの。


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このお祭りは観光省とブルガルというこの前ブログで紹介したラム酒の会社が共同主催で毎年全国の主要都市で開催している音楽イベントだ。


この国は市役所や観光省や文化省などの国の機関、
ビールやラム酒などの大きな民間の会社が
プロモーションの一環で頻繁にイベントを開催することが多いので
週末は無料でいろんなイベントに参加できるのが魅力的だ。



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それにしてもスゴイ人!
私の住んでいる町にこんなに人がいたんだ・・・!といったかんじだ。


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3日間で3万人以上の人が集まっったそうで
夜中の1時過ぎまで踊って歌って大盛り上がりだった。


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私はロンのテナントのお手伝いとVIP席のタグの配布のお手伝いをして
その後はイベントが終わる夜中の1時まで残ってイベントを楽しんだ。

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去年参加したときはそんなに「へぇー・・」と関心した程度だったが
今回はあれから1年たって、ほとんどの曲が知っている曲だったし
どの歌手もテレビで見たりラジオで聞いたことのあるグループで
すごく楽しくて大盛りだった。



すごいトラックをみつけた。
スピーカーを車に積んで音楽をガンガン鳴らすのはここでは普通だが
こんなにゴリゴリにスピーカーを積んでいる車を見たのは初めてだった。


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数えたらスピーカーが48つもあった。。。
1つでも十分なのに・・





そしてイベントが終わった後の道路はこんな感じでゴミであふれている。
ドミニカ人はゴミを平気でどこにでも捨てる。


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今回のプエルトプラタでのメレンゲフェスティバルはニューヨークでも生放送で中継されたようだ。
You tubeで映像がでていたので興味のある方は是非みてみて。

メレンゲフェスティバル ビデオ



そして新しいプエルトプラタのプロモーションビデオができました!

観光省が作ったもので私は全然関わってはいないんですが
うちの近所の海や友達がでてます★


chequea!!!



プロモーションビデオ


テレビCM用

友達

今は雨季の時期ではないのだが最近雨が降る。

しかしこちらの「雨」はスゴイ。
一気に滝のようにザァーーーーーーーーーーーー・・・っと振る上に、絵に描いたような稲光の雷が容赦なく落ちてくる。


最近雷が落ちまくったせいで市内の電気の調子がおかしくなり夜は電気のない日が多い。
出国前に以前協力隊だった友達から「コレ持っていきな」と渡されて「こんなもん使わんよ!」と散々バカにして大笑いした記憶のある登山用のヘッドライトが最近は大活躍だ。笑


ちなみに夜、外は車のライト以外の光は道路になく、こんな風に真っ暗。

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雷が海の向こうの方から鳴り始めると、ピカピカと消えかけの電球が点滅するみたいな頻度で外が明るくなって暗くなって・・を繰り返す。


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そうこう10分もしないうちにこちらに落雷が近づいてくる。

こちらの落雷は日本のようなゴロゴロゴロ・・ではなく
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!・・・バッッッチィィィーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!といった銃声音のような地面にヒビが入りそうな爆発音だ。


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でも、雨の振ったあとは半そでの服でもちょっと肌寒いくらい気温が下がりとっても涼しくなるので雨の日は嫌いではない。



話は変わって、外食することはほとんどないのだが先週末、友達とレストランで食事をした。
今回行ったレストランはこんなふうにプラタノ(バナナ)の木の皮やでできたいかにも南国といった内装。


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この週末は4人で食事をした。
左から最近仲の良い友達のエベリン(ドミニカ人)で、彼女はサルサ教室の友達で観光客向けに海沿いに美容院を経営している。
真ん中が彼女の友達のダリ(イタリア人)。
右が彼の友達のホセ(スペイン人)。


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スペイン人のホセはドミニカ共和国に一度旅行で訪れて、すぐに好きになったプエルトプラタに移住して10年になる。趣味のカイトサーフができる海の近くに住むのが夢だったとかで、今はビーチ沿いにレストランを経営して、海沿いに住みながら趣味のカイトサーフを毎日楽しんでいる。


イタリア人のダリは現在イタリアに住んでいて、彼もこの国が大好きになり、日本でいう「別荘」のような感覚でプエルトプラタにアパートを購入し、3ヶ月に一度のペースで10日間ほどバケーションで滞在して、またイタリアへ戻るといった生活をしている。



ダリはドミニカの音楽が大好きで、ここに来たときは毎晩ホセのレストランで演奏しているとかで、この日は彼の演奏を聴きに行くということで集まった。



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隣のテーブルに居たスイス人とフランス人のグループとテーブルを合わせて、みんなで演奏を聴きながら楽しく食事をした。みんな好き勝手に母国語で話をするので言語はバラバラでなのになんでこんなにもスマートに楽しい時間を過ごせるのかまったく不思議なものだ。


いつか聞いたことのあるこんな話を思い出した。


英語面接と英語でのプレゼンテーションだけを試験内容とし、英語が堪能であることを条件にある日本の有名企業が海外赴任の採用を募集したところ、何千人もの受験者が殺到し、その中から合格したのはたった一人。


その人は英語に関しては自分の名前と挨拶しかできない程度のまったくの初心者だったとか。面接に通訳を連れて行き、熱意とアイデアを伝えて採用が決定したそうだ。


「海外で働くのが夢、でも語学ができないと海外では働けないからまずは英語を勉強しないと。まずは語学の資格を習得しないと。」と考えることもでるけれど、そうやって「いつか・・」と思い込んでいることは、実はそんなに難しいことではなかったり、その気にさえなれば明日にでもできることがたくさんあるような気がする。


実際にまったく未知の世界だったこの国に住んでみると、以前はいろんなことを自分で難しく難しく考えすぎていたなーって思うことがよくある。
日本の社会での生活を思い返してみると、自分の将来のために・・とか、生活のために・・とか、漠然と目に見えない将来をもって今を苦しんだり無理したりして、でもいつか報われると思って頑張り過ぎている人たちがどれだけいるだろうかと思う。
「今」を楽しく過ごしていない人が、「将来」を楽しく過ごせるわけがないのだ。


そもそも不安は、将来起こるかもしれないことにくよくよすることから生まれる。それに何かを学ぶにしても、勉強するにしても働くにしても機械的に、義務的に自分に無理をしてやっていい結果がでることはないのだから。



ここで流れている時間はいつも穏やかで平和だ。



日本のように将来を不安に思ってセカセカと走りっぱなしの人はいないから、みんな余裕があって優しい。
私は前職が好きだったし同僚に恵まれていたおかげで会社に行くのが嫌になったことなどかったが、今振り返れば、毎日、無意識のうちに「仕事のための生活」を送っていた気がする。


先日観光省のオフィスのお掃除のおばちゃんが入院した。
その日観光省の全員がやりかけの仕事を投げて、約束なしに次々に彼女の病室に集まった。


今を大切にするということは、自分を、大切な人を、将来を大切にするということなんだと思う。
そして何か興味のあることを初めてみるのも、やりたいことをやってみるのも、誰かに思いを伝えるのも、明日がどうかわからない私たちにはいつも「今」しかないのだから、今はそんな風に思うようになった。




食事のあとはイタリア人のダリのアパートへお邪魔した。
彼のように旅行で訪れた眼光客がこの国を好きになって移住したりアパートを持つことは珍しいことではない。


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アパートは庭付き、プール付きでとても広くてきれい。

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そして、私に用意してくれた部屋にはなんとまぁ・・贅沢にもベットが3つにバスルーム、キッチンまで付いていた。

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キッチンも充実していて、目の前がビーチなので部屋まで波の音が聴こえる。
ここまでくるとホテルよりもよっぽど快適である。


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ダリはたくさんの趣味をもっているので
アパートの中には彼の楽器やサーフィンの道具がたくさん。


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そしてアパートの正面広がるビーチには
縺れんばかりのたくさんのカイトサーフィンの凧が空を舞う。


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ビーチ沿いを歩いてみるとアパートの隣にはまた大きなアパートが・・・


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そしてその隣にはまた立派なアパートが続く。

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といった具合に、ここにはドミニカ人の裕福層をはじめ、バカンスのために購入した観光客たちが住んでいて、何キロにもわたってこのような立派なアパートが並んでいるのだ。

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「風がきたーっ!」と、早速カイトサーフの準備をするダリ。


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ダリがカイトサーフをしている間は
エベリンの娘さんたちを始め私たちは庭のプールでまったり。



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食事のあとはダリの楽器を持ち出してみんなで演奏したり踊ったり。



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ダリはキッチンからいろんな料理器具を持ち出して楽器にしてしまう。笑


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というわけで私も早速コンガに挑戦!


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が、意外に難しい・・・
実際音楽に合わせようとおもっても全然ダメだ・・・涙


コンガはキューバ音楽にはなくてはならない花形楽器。
総称して「コンガ」と呼ばれるが、ヘッド(皮)のサイズによってそれぞれ名前がついていて、ヘッドのサイズが小さいほど高い音がでる。


一見ポコポコと楽しそうに叩いているだけのようにも見える楽器、コンガ。
見た目より随分難しく、叩き分けしないといけないらしい。
ダリ曰く、叩き分けというのはヘッドを押さえつけたり、叩き放ったり、強く叩いたりして音を変える技術で、基本的な6種類の打音をマスターすると、かんたんな音符を叩くだけで生きたリズムになるんだとか。



ニューヨークでジャズを聴きに行った時にガイドさんがこんなことを言っていたのを思い出した。


世界の音楽は3つの方法で生まれてくるのだそうだ。

ヨーロッパの音楽は「楽譜」から
アジア圏、私たち日本の音楽は「メロディー」から
中南米の音楽は「リズム」から生まれる。


知らずうちにメローディーの音楽に慣れている私にはリズムから生まれた音楽を叩くのはとっても新鮮な感覚だった。




「あ!またいい風がきてる!」と、違う凧を準備して海へでるダリ。
カイトサーフィンは風の具合によって凧の大きさや形を選ぶらしい。


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ダリが、カイトサーフが好きで移住してきたスペイン人のホセと海で合流して二人が楽しそうに水面を滑っているのが見えた。カイトサーフは見ているこちらも楽しい気分になる。



ダリのアパートの中にこんな写真を見つけた。

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ダリは昔からバイクをしていたらしく
何度も大会にも出場していたとか。
今では大会を主催する会社を経営している。


ダリ55才。
サルサ、メレンゲ、バチャータ、タンゴ全て踊りこなし、ピアノ、ギター、ボンゴなんでも演奏もできてしまう。
趣味を仕事にしていつも笑顔で毎日を楽しむ素敵な友達。



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私は幸運にも、来る前は名前すら聞いたことのなかったこの国で、今とても穏やかで気楽で愛情ある人たちに囲まれて生活している。いつみても幸せに過ごしている彼らは、自分はこうあれば幸せなんだという「人生観」、「価値観」を持っている。


日本だからこうだ、ドミニカ共和国だからこうなんだということはない。
もし違う国だったら・・
もし他の会社だったら・・
もし違うパートナーだったら・・


私たちはついついそんな風に考えてしまうことがあるが、もし違う環境だったら結果が変わっていたのか。

そうはならない。
私たちはいつも自分自身と一緒なのだから。
重要なのは自分の意志であって、環境は大して大きな問題ではないのだということを彼らは教えてくれる。


気がつけばもう9月。
こちらは日本のように四季がないので時間の感覚も鈍くなってしまったようで帰国のことを考えるとハッとすることがある。


活動も生活も残り半年、健康第一に毎日を大切に楽しく生活したいものだ。




今回の音楽はコチラ。
JOSE ARROYO ドミニカ人の歌手。
サルサの踊りとコンガ(例のタイコ)に注目!



Jose Arroyo

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