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自然

先週末プエルトプラタ県内のプンタルシアというビーチにいってきた。
すごくキレイだったので紹介しまーす!
陸路だと交通の足がなかなか難しいので一般観光客のツアーに参加する形で視察へ。


ココロンブスたちが新大陸で最初に築いた街
「イサベラ」の海岸からからこの船に乗る。

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そしていざ出発。
観光客はスペイン人、フランス人、イタリア人、アメリカ人、カナダ人、メキシコ人と6カ国からきていたので、ガイドは全員がわかるよう英語、スペイン語、フランス語、イタリア語の4ヶ国語で対応していた。

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ヨーロッパの人たちは国同士が隣接しているので2,3カ国語知っているし、アメリカやカナダは人種の坩堝なので親戚が各国にいるのが普通で、スペイン語を始めとして多言語を話せるのは当たり前。


日本は先進国なのもあって一見国際的に開けたようにみえるが、国内でしか使われない「日本語」という言語の壁は大きく、独特の文化と歴史を持った国なんだということをここに居ると本当につくづく感じる。


出発して30分もすれば海の色がどんどん変わっていく!

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そして間もなくエンセナーダというビーチに到着。
船から海にダイブ!

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そして船の中でも踊ったり日光浴をしたり
海風にあたりながらお酒も入って楽しくに過ごす。

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そして「プンタルシア」というビーチに到着。

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ビーチにあるレストランで昼食。


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観光客同士の会話は「どこの国からきたの?」という挨拶から始まるわけだが、またここでも「日本人がスペイン語を話すの!???」と驚かれる。
私は英語が話せないので日本に一時帰国したときも乗り継ぎのニューヨークでスペイン語を話すことに何度も驚かれた。
日本人がスペイン語を話すというイメージは外国人にはないようだ。


彼らはスペイン人の観光客。
ドミニカ人もとても優しいがヨーロッパの人たちはやっぱり紳士だなーと驚く。


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とはいえ、悲しいことにスペイン人のスペイン語が私にはさっぱりわからない!!!
まるで違う言語にさえ聞こえる・・・・


ドミニカ共和国のスペイン語は世界中のスペイン語圏の中でワースト1と聞われるほど雑で汚いのだ。
ドミニカ人だけが使う汚い言葉も多く、怠けて基本的に「s」の発音はしないし動詞の活用も1パターン抜けている。言語にまでダラダラな国民性が浸透しまっているのだ。トホホ・・・



食事のあとは、初めて「バナナボート」を体験!
何度も海へ放り出されて笑いが絶えず海水を鼻からも口からも飲みまくったー!



ビーチ沿いの土産やさん。
貝で作ったアクセサリーなど手作りの自然素材のものが売られている。

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そしてさらにそこから20分ほどボートで進むと
「カジョアレナ」という小島がみえてくる。
海のど真ん中に到着した気分だ!


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島に近づくにつれて海の色も一層透明になっていく。

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そして島に到着!
歩いて2,3分で一周できるほどの小さな島。
めちゃキレイ・・・!!

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さっきまで紳士だったスペイン人たちが、キャッキャとはしゃぎながら砂に体をこすり付けたり海の中で逆立ちしたりと子供みたいに遊びまわっていた。笑



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島の半分側は浅瀬で泳げるようになっていて、反対側はちょっと深くなっていて珊瑚や魚にあふれていてシュノーケリングに最適。

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シュノーケリングで海底を眺めると、まるで地上よりも広く大きな海の世界が広がっていた。



そこには、魚にぶつからないほうが難しいほどたくさんのカラフルな魚たちが自由に泳いでいて、珊瑚やウニ、カニ、見たことのないたくさんの生き物が住む世界が海底どこまでも続いていた。その光景に、地球は人間だけの世界ではないことを再確認させられた。



オーストラリアで海に潜ったときも同じことを感じたが
私たち人間はもともと自然の生き物であることを忘れがちだ。



コンピューターや数字の並ぶ書類と一日中向き合っていては調子が狂ってしまう。
それが悪いと言っているわけではなくて、一日に30分でも10分でも、自然をみたり自然の中で過ごす時間がどれだけ心を穏やかにしてくれるか、ということをこの国にいるととても感じるのだ。




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今回は一般のツアーに参加したわけだが、日本人のツアーとは違って「今からどこへ向かいます、その後はどこへ、どこで昼食をとって・・・」という予定の説明や「何時に集合、解散、昼食は何時までに・・」なんていく時間の締め付けは一切なかった。


「はーい、ご飯たべるよー!」「エイエイ、みんな船に乗ってー!!次のビーチ行くからー!」という、観光客の様子を見ながら臨機応変か適当にかは分からないが、指示をするドミニカ人のガイドさんは、40人近くの国籍がバラバラの人たちをちゃんとまとめていた。


参加していた誰もが時間を気にせず、自由に目いっぱい楽しめただろう。




そして、観光客がたくさんいたなかで私の調査や質問に途中バスを止めたり時間を割いてまでして、心よく何から何まで協力してくれたガイドさんにはとっても感謝。



家に到着したのは夜の7時で、こちらの海は夕日でピンク色に染まっていてまたキレイ・・。
ここは本当に素敵な景色に恵まれた国だ。


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★今回の音楽★
今回はラテン音楽のうちの一つのマンボ(mambo)を紹介。

マンボは、キューバの音楽スタイル。

1930年代後半にキューバで流行していたルンバにジャズの要素が融合した音楽スタイルで、その後ダンス音楽として世界的に広まったとか。
マンボの演奏では、ホーン・セクションがリズム楽器として用いられる。
楽器の構成はコンガ、ボンゴ、ティンバレス、クラベス、ベース、ピアノ、トロンボーン、トランペット、サックス等。

ちなみに、mamboという言葉は、ハイチの宗教の女司祭の名前で、「神との対話」の意味を持つ。

マンボの音楽はコチラ!

Malaniña - Havana Mambo







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生活

こちらも暑いけれど噂によると今はこちらより日本の方が暑いらしい・・


私は気がつけばすっかりカメラを持つ習慣がなくなってしまたので
先日一日中カメラを持ち歩いて日常の生活や風景をとってみることに。


というわけで今回はここでの「生活」や普段思うことを
長くダラダラと書いていきまーす。



毎日起床は8時前。
この日は珍しく足やら腕やらを寝ている間に10箇所ほど蟻に噛まれていた。


体中がピカピカした痒みでして夜中目が覚めてムヒを塗ったりして
あんまり熟睡できなかったことを思い出した。
蟻に噛まれたときの痛みや痒みは「蚊」よりもたちが悪いから面倒だ。



この国に来るまで蟻に噛まれたことなんてなかったが、最近は「この蟻は大丈夫、この蟻はヤバイ!」と、蟻の種類を見分けるうになった気がする。笑



淹れたてのドミニカコーヒーから一日は始まる。
こちらではコーヒーはこんなふうに沸かす。


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ドミニカコーヒーは味が濃く香りがとても良い。
しかし冷めると酸味が増す。

ドミニカ人は一日に何度もコーヒーを飲む習慣がある。
とはいっても日本のコーヒーを飲む感覚とは少し違って
基本的淹れたてのコーヒーを小さめのコップにそそぎ
砂糖をスプーンに山盛り4、5杯いれてかき混ぜてクイッと飲む。
エスプレッソのようなイメージだ。


ちなみに日本のようにミルクを入れる習慣はなく
「アイスコーヒー」という観念は全くない。


そして朝ごはんは一般的にお芋やプラタノ(バナナの野菜版)やパンが食べられているが、私の家族はコーンフレークを食べることが多い。


朝ごはんの時間はとっても好きな時間のひとつ。この日の朝ごはんは生フルーツジュースとコーンフレーク。

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ベランダで海を眺めながら風にあたってのんびりする。
日本に居た時は「旅行」をしたり「買い物」にでかけて娯楽を楽しんでいたが、この国にきて楽しみや安らぎを「衣食住」の生活の中で見つけようになった気がする。



そして9時前に家を出る。
そのころには夏休み中の子供たちも起きて、トイレの掃除や食器洗いやお昼ごはんの準備をはじめる。

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この国の子供たちはよく手伝いをする。
家の掃除や食器洗いをするのは子供たちの習慣だ。そしてお父さんとお母さんは子供たちにとって絶対でちゃんと言うことを聞く。


例えば頂き物のおいしいお菓子があったとしても、まずは両親がおなかいっぱいになるまで食べる。食べ終わった両親に子供たちはちゃんと手を拭くためもナプキンやコップにお水をいれて持っていく。そしてその後やっと残ったぶんを子供たちが分け合って食べはじめるのだ。


母親が子供の分を最初にお皿にとって「さあ、お食べなさい」という光景を目にする日本とは全く持って正反対なのである。



ここは家をでたらすぐにある近所のコルマド(日本でいうコンビニのような店)。ここではガム1個から卵やサラミなどの食料、ビール、マッチやトイレットペーパーなど日用品がなんでも売っている。


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そしてオフィスへ。
家からオフィスまでは歩いて5分ほど。
通勤路にはおみやげやさんやコルマドが並ぶ。

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ここは通勤路沿いの通りにあるカフェテリア。
生フルーツジュースやパンケーキなどが売られていて、どれもおいしい。

ここにはチノーラ、タマリンド、マンゴー、セレッサ、グアナバナ、サポーテ・・と、日本にはなかったり珍しい南国のフルーツがたくさんあって、どれもとってもおいしい。



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こういうカフェテリアや食堂には物乞いの人がよく訪れる。



物乞いというと、みなさんはどんなイメージをしますか?
私は以前までは「どうかパンを1つお恵みください・・・」と痩せた人が泣きついてすがるイメージがあった。
が、この国の物乞いはスゴイ・・

強く、そして図々しいまでにたくましいのだ!


「なんでもいいからお腹すいてるから早くちょうだい!」と苛々吐き捨てるように店員に怒鳴ったり、「あれとこれとその一番大きいやつとオレンジジュースを2つ!!」と、すごい量を偉そうに命令口調で注文してお金はもちろん払わず、そしてお礼も言わず「フン!」といった感じで商品を抱えて店をズカズカとでていくのだ。



初めてその光景を見たとき、「・・ナニ様!??」と、絶句した。


店員の彼女に「あんなにたくさん注文してたのに、お金は払ってもらわなくていいの?!と聞くと「あー、彼ら貧乏だからお金ないのよ」とごく自然に返事が返ってきた。


「でも、アリガトウの一言もないなんて信じられないけれど」と顔を歪める私に「彼らには教養がないからしょうがないの」となんともなかったように答える彼女。
私がイメージしていた教育や教養のレベルからいかにかけ離れたところの話であるかということをその時知った。


私たちが今「常識」だと思っている部分は全て「教育」によって身についてきている。
彼らは「アリガトウ」を言うことを知らないだけなのだ。


こんな風にここドミ共では「貧乏な人」は「私は貧乏な人」として堂々と生きて、周りも「彼は貧乏な人」として嫌味も義理もなくお金や食べ物あげたりしてごく自然に接する。


例えば以前「みき、ちなみにさっき一緒にいた彼は泥棒だから気をつけてね」と言われたことがある。町にいる誰もが「彼は泥棒」ということを知った上で「泥棒」の彼と付き合うのだ。日本にはない全くおもしろい感覚である。


また貧富の差のあるここドミ共では、お金持ちの彼氏を探したりビザ目的で観光客を結婚相手探したりとお金にはシビアな部分もある一方で、お金のない人からお金をとらない。むしろ見知らぬ人とはいえ自分よりも貧乏な人には食べ物やお金をあげたりもする習慣がある。



そんなこんなで公園に到着。
この公園の向かいが観光省だ。

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この日の午前中は以前作った交通関係の資料をコルクボードに貼り付けてスタッフたちとデコレーションして、観光省の入り口に飾った。かわいく仕上がった★
オフィス内を観光省らしく観光のインフォメーションでいっぱいにしたいなーと思っている。ちなみにこのコルクボードや紙やコピー代、お土産の開発の試作品の材料代など全てみなさんの税金のおかげでできていることです。



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お昼前、学校帰りの子供たちがオフィスの庭の木に登って
お猿さんみたいにキャッキャと騒ぎながらフルーツの実をとっていた。


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そして「あげる~!」と両手いっぱいにくれたので、オフィスの近所の薬局で働く友達のところへおすそ分けに持っていくことに。


ドミニカ人はなんでも分け合う習慣がある。
例えばメンタ(飴)1つでも袋の上から歯で噛み砕いて粉々にして、欠片をそこにいるみんなで分け合ったりする。


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ちょうどお昼前だったので「今日はここでお昼食べて行きなー!」と言われ、この日は薬局で彼女たちとお昼を食べることに。ここは薬局の店長さんが毎日従業員のお弁当を作って持ってきてくれるので、その手作りお弁当をみんなで一緒に食べた。ここでは日本のような外食の文化はない。




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話は変わってドミ共はラム酒が有名だ。

ラム酒はサトウキビを原料として作られるの蒸留酒で、サトウキビに恵まれたここドミ共のラム酒はすごくおいしい。カリブ海原産のお酒なので、カリブの海賊が登場する物語にでてくるお酒といえばコレだ。
日本では料理や焼き菓子の味付けに使われることが多いと思うが、ここではお酒としてビールと同じくらい飲まれている。


ロックで瓶飲みする人も多いが、コップいっぱいに氷をいれてコーラやソーダと割って飲むのもすごくおいしい。
ラム酒のコーラ割りは、日本でも「キューバリブレ」という名前でカクテルがあったと思う。



休日になると昼間からドミニカ人がラム酒のボトルを片手に散歩していたり、音楽をガンガンにかけながら右手にコカコーラ、左手にラム酒のボトルをもって楽しそうにビーチで飲んでいる光景はよく目にする。


ラム酒のことをスペイン語で「RON(ロン)」と言い
ドミ共のラム酒のメーカーは「BRUGAL(ブルガル)」という。
その工場がプエルトプラタにあり、観光地のひとつとなっているので、この日の午後はそこへ向かうことに。


私がオフィスからの外出が必要なときはいつも観光省が車を用意してくれて、運転手と2人ででかける。
昼食の後にドライブ気分でとっても気持ちいいので午後の車での外出は大好きだ!


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出発して間もなく車後方部からガタガタ物音がすると思ったら、なんといつの間にか車の荷台にジェキ(掃除のおじちゃん)」が乗っていた!!!



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驚いて、窓を開けて「ジェキ!!!何してるん!!」と叫ぶと「ミキー!こっそりついてきちゃったー!風気持ちいいよー!エーイエーイ!!」と叫びながら体を寝かせて犬みたいにゴロゴロと荷台を転がりながら一人楽しんでいた・・




そして運転手とジェキとの3人で工場に到着。



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入り口はこんなかんじ。

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そしてこれがそのロン。
ブルガルのロンは、色、風味、原料による分類から全部で9種類あって、最近はリキュールもできて、スーパーでもコルマドでも町中どこにでも売られている。


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これは女性に人気のロンブランコ(白いラム酒)、1本250ペソ/7USドル。

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工場からでてオフィスまで帰り道、海辺沿いの空を見上げるとカイトサーフィンの凧が気持ちよさそうにフワフワと舞っていた。カイトサーフィン(kitesurfing)は、カイトボードというスポーツの競技種目。
カイトボードは専用のカイト(凧)を用いて、ボードに乗った状態で、水上を滑走するウォータースポーツだ。


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凧を眺めながら運転手と車をおりてちょっと一休憩する。

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プエルトプラタのビーチはカイトサーフィンの世界大会が行われるほど風に恵まれている。
先週末、ここで全国大会が3日間にわたって開催され、国内だけでなくヨーロッパやアメリカからも観光客が集まった。


にもかかわらず初日、、開始予定時刻朝10時。
天気も風もよかったのに毎度のことドミニカ人がダラダラし、午後2時になっても3時になっても、踊ったりビールを飲んだりとグズグズと準備をし続け、なかなか始まらず夕方5時頃やっとこさ始めようとしたら雨が降って中止に。。。

2日目また朝からダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラと準備をし
3時ごろやっと始めようと思ったら風がなくなってまた中止に。


3日目、結局大会が中止に。


ドミニカ人はこんな大きな大会でさえダラダラして中止にしてしまうのだ。
だからここでは信じられないようなことや呆れ果てるようなことが生活のなかで日常として起こり、日本のように何事も予定通りにいくことは200%ないのだ。




プエルトプラタは海沿いがこんなふうに歩道になっている。
3km程度と短いが、海水浴用、サーフィン用、カイトサーフィン用、禁止区域(鮫がでる)と4種類のビーチに分けられる。


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海沿いの歩道には座ってくつろいだり、昼ねをしたり、ドミノをしたり、ビールを飲んだり、トレーニングをしたりと自由に過ごす人がたくさんいる。

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この日も鮫のでる禁止区域でドミニカ人は楽しそうに海水浴をしていた。
自由なのはいいが自由にも程がある。。。

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毎日夕方5時に私の仕事は終わる。
この日は6時からサルサ教室だったのでそれまでオフィスの近くの友達のアトリエへ立ち寄る。


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彼はヘルソンという画家で、唯一の私の異性の信頼のおけるドミニカ人の友達だ。

この自由奔放で誰もが恋多きのラテンの国で「異性の友達」をもつのは難しい。
例えば女性なら誰でも、初対面の出会いでまだ名前も知らない段階で「きれいだね、彼氏いるの?僕の彼女にならない?結婚しようよ」なんてことになるのに10分もかからないだろう。

つまり日本人が恋愛において何ヶ月もかけて知り合っていくところを10分で解決させてしまう。
そして早ければもちろん愛がさめるのも10分かからなかったりするわけだ。


こういった国民性があるので異性関係は特にだがそれに限らず
ドミニカ人にも真面目で落ち着いた人からドラッグや銃を持っている人
本当にいろんな人がいるので友達を選ぶことはとても大切なことなのだ。


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このアトリエの向かいには日本行きの航空券などでお世話になった旅行代理店がある。
窓ガラス越しにマリアがこっちに向かって手招きするのがみえたので寄ってみる。


彼女がマリア。
70歳近くになるが現役バリバリのドミニカ人。

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私の好物ジュカ(タロイモ)が茹で上がったから食べていきなとのこと。
私もお腹がすいていたので飛びついて二人でガツガツと芋とチーズをカウンターでほうばった。



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満腹になったところでバイクタクシーでサルサ教室へ向かう。
オフィスからバイクで5分くらいのところにある。
道中、目の前に虹が見えてきれいだった。


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サルサ教室は週、3回で一時間。
ドミニカ人はサルサを踊らないのでキューバ人の先生に習っている。
といっても、日本のように手取り足取り教えてくれるわけではなく、「こんなかんじでーほら。違う違う、もっとホラ、こーーんなかんじ。」といった教え方である。。。
電気がなくなったら音楽がかけられないから終わりだし、雨の日は濡れたくないから中止になるといった具合だ。

でも、私はこの国で生活しているなかで踊っているときが一番楽しい。日本に居るときなんて踊りとは今まで全く縁がなかったのにここでこんなにハマッてしまうとは!!といった感じだ。
この国で新たな趣味ができた。
写真の右が先生。

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教室が終わってバイクタクシーで家に戻る。
たまに時間帯のいい時は家を通り越してちょっと向こうの海沿いの先端まで降ろしてもらう。
この日も夕日がとってもきれいだった。


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日が沈むころには日中の痛いほどの日差しが嘘のように
ウンと涼しくなるのでたくさんの人が風にあたりに外へでてくる。

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ここまで連れてきてくれたすっかり顔見知りのバイクタクシーの運転手さんもバイクをとめて私の近くに座って風にあたっていた。
「夕日きれいねー」って話してたら「海沿いグルッと回る?」と誘ってくれて、ほんの10分ほど海沿いを風にあたりながらゆっくり往復して、家の前で降ろしてくれた。


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家族と夕食を食べてベランダでネリアと風にすずみながらたわいもない話をする。
最近は夜は市内に電気がないことが多く、家の中は発電機があるのでそこまで不自由はないが、外は真っ暗だった。
下の子二人がこっそりお姉ちゃんの服を試着してキャッキャとはしゃぐ声が子供部屋から聞こえる。


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こんなかんじでこの日の一日は終わった。
すっかり見慣れた人や景色、生活のなかでたまにこうやってカメラを持ち歩いてみるのもなんだか新鮮でいいなーって思った一日でした。


最後に。
最近オススメのこの国の音楽をブログでどんどん紹介していこうと思います★
今回のオススメはこのバチャータ!
是非きいてみて!

Cuando Me Enamoro


プロモはコチラ!

活動

今回は私の活動のことを書いてみまーす。



私の住んでいる町プエルトプラタは観光地で
たくさんの大規模ホテルが集結している。


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そのほとんどのホテルが「オールインクルーシブ」というシステムをとっていて、ホテル内の食事や飲み物やアクティビティーは全て宿泊代金に含まれている。

つまりプライベートビーチでくつろいでも大きなプールで泳いでも、バーではお酒も飲み放題、レストランではコース料理を食べ放題・・・
という具合で、ホテル内は全て「無料」なのだ。



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視察で訪れるほんの数時間の間でも
私にとってもそこは非日常の世界で
おもいっきり楽しく、うんと癒されて
まさに南国の夢の国・・・★


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ホテルの敷地内は川が流れていたり橋がかかっていたり
とにかく広くて散歩しようものなら迷子になりかねない。



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敷地内は観光客しかいないので知らない土地で危険な目にあう心配もなく
パスポートやお金を持ち歩く心配もいらず手ぶらで過ごせるという
観光客にとってホテル内は最高のバカンスなわけだ。


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部屋数も300、400とあり種類も豊富。
ルームサービスももちろん無料なので
部屋でゆっくり食事もできる。



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さらに海を長めながらジャグジーでまったり・・なんてこともできたりもするのでホテル敷地内というより、部屋からでたくなくなる人も多いだろう。

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しかしこの「観光客がホテルから外にでない」
これが大きな問題なのだ。


市内にはたくさんお土産やさんやレストランがあるのに、観光客がホテルからでてこないので市内の活気がなくなってきている。


観光客に安心してホテルから市内にでてきてもらって
地元の本当のよさや季節の特産や文化や歴史を
海だけでなく山や川や洞窟などの自然を
市内の観光地を楽しんでもらえるように
この町プエルトプラタをプロモーションをすること。


そしてまたリピーターとして戻ってきてもらえるように
観光資源を開発するすることが私のボランティアの要請だ。



というわけで前置きが長くなってしまったけれど
今回、町歩きするのに一番重要な「地図」を作成。


ノコノコとノート片手にガッツリ日焼けをしながら
街を歩き回って作った地図が完成!



もともと観光省にあった地図がコレ。

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昔の雑誌の切れ端の地図を拡大コピーしたものらしい。
字も線もよく見えない上にもう通りの名前も道も変わり果てていた。
が、スタッフは平気で観光客に配っていた・・


そういうわけで今回市内の地図を作成。

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市内の観光地はもちろん、レストラン、ホテル、ネットカフェ、ギフトショップ、教会、薬局、銀行、本屋からアイスクリーム屋さんまで、民家以外のほんどのお店を網羅★
時間の目安を計るためにも一日モデルコースサンプルも付け加えて、初めてでも一人で街歩きのできる、かわいい地図ができましたー!

観光省にはもちろん
旅行代理店やガイドさんたちに配布予定。




そしてもうひとつ、外出するために重要なツールとして「交通機関」が重要になってくる。
というわけで首都行きなどメインとした県外移動の交通手段の時刻表を停留所の地図を加えて作成。

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そして観光客がメインで利用するタクシー。

運転手さんたちは陽気なのはいいのだが
あわよくば観光客からちょっとでも高くお金を取ろうとするので
TAXI会社へお願いして、正式な観光客に対する料金表を一般に公示。

内容はプエルトプラタ市内から県内、全国内のメインの観光地までの料金表を作成したもの。
利用の多い県内の国際空港やホテルに設置予定。


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バイクタクシーは地元の人の利用が多く、距離によって大体の感覚で支払うので公式料金が決まっていない。
その上、免許を持っていないのに運転したり、観光客からは倍以上料金をぼったくっていたりするケースもある。

というわけで今回、市役所が規定している運転手のジャケットの色や許可証など
正式なバイクタクシーの情報を提示して、市役所に相場の料金を規定してもらい観光客に公示。

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そしてルートタクシー(日本でいう巡回バス)。
ボロボロの乗用車だが町をグルグルと走っていて
タクシーの10分の1ほどの値段で移動できるので
バックパックを背負った観光客が乗っているのもよくみかける。


しかし実際のところ地元のドミニカ人もそのルートをよくわかっておらず
観光省も全く把握していない。
特に停留所がないうえに料金も適当なので
これも役所の交通課に依頼してルートを開示。

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例えば町の中心に位置する私の配属先の観光省。
せっかく市内散策にでてきた観光客がいてもスタッフの対応はこんなかんじだ。



例えば「首都にいきたいんだけど最終便は何時ですか?」と観光客が尋ねてきた場合。


スタッフA 「最近私首都には行ってないからわかんないなー」
スタッフB 「私もー。とりあえずバス停にいけば一日に何本かはでてるんじゃない?」
スタッフc 「あ、噂によると最近なんか値上がりしたらしいよ。」 
スタッフA 「え!?知らなかった!いくらになったのかしら・・」
スタッフB 「あ、最近うちの姉が首都にいったって言ってたからちょっと今電話で聞いて見るわ」



・・・スタッフB、携帯電話で家族に確認中・・・



スタッフB 「あーお姉ちゃん?元気?あのさー首都の行きかたわかる?時間とか料金とかさ。
       え?結局雨が降って行ってないの?そっかー、わかった。ところで週末何してたの?
       私は海行ってさー!偶然イベントやっててすごい楽しかったのよ。」 
スタッフA 「えー!どこのビーチで?!!」(電話に割り込み・・)
スタッフc 「あー、知ってる!なんかコンサートあったらしいね、無料の。」
スタッフA 「ええええ!無料ぉ!!!?」 



 
・・・観光客、完全放置・・・・・





といった対応だ。
前職で旅行代理店に勤めていた私からしてみれば
その対応はビックリ・・・。




しかし自由奔放なドミニカ人の性格を変えるのは無理なので
せめて案内できるツールを・・
自分が帰国して終わりにならないような方法を・・
と思いながらやっています。




そして同時進行でやっているのがお土産品の開発。


ここ観光地では「輸入」されたお土産品がでまわっている。
そして観光客はホテル内でお土産も済ませてしまう。


しかし町にはたくさん畳2畳くらいの広さの作業場や
自分の家の一室で一生懸命工芸品をつくっている人たちがいる。
そのほとんどの素材が地元の自然のものであったり
そこに地元の文化や歴史があったりする。


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彼らの工芸品のプロモーションや開発も私の活動のひとつにしている。
例えばコレはココナッツの殻から作ったネックレス。

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これは牛の角で作ったネックレスとピアス。

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最近の新作がコチラ。
この地域でたくさんとれるこの木を使って何か作ろうということで・・

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松脂で型をとって貝殻やココナッツでデコレーションし
地元でとれる自然の素材だけにこだわって作った指輪。

カワイイー!

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そしていま試作品にとりかかっているのがコレ。
コーヒー豆やトウモロコシ、ドミニカ共和国で主食とされているマメ類を
松脂で固めて作ったコースター。

これもカワイイ!

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一方で、貧困地域の子供たちで
手作業で何日もかけてコーヒー豆やフルーツの種で
アクセサリーを作っているグループがある。




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どうやらここは以前カナダからのボランティアが入っていたようで
お土産品の完成度が高いが、まだプロモーションがこれからという段階で
ボランティアが任期を終えて帰ってしまったようだ。
つまり「売る場所」を探しているといった状態だ。


観光を通して、この国の貧困問題に少しでも携われないかと考えていたので
私のできるかぎりのことを協力していきたいと思っているところ。



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以前私は旅行代理店で会社員として働き
プロモーションの中の「販売業務」を中心にやっていた。


今も国や立場は違っても同じ「観光」の枠の中で働いているが状況はだいぶ違う。


漠然とした要請内容はあっても、取り組む課題や働く相手はゼロの状態から自分で探して選ばなければいけない。
そしてそれに取り組むための方法を模索して自分で「企画書」をたてて
国にその「予算」を申請し、違う文化と言語を持った人たちと一緒に「実施」して「報告」する。
それを2年間という期間の中で自分が組み立ててやっていく。


そして一番大きく違う点はルールや責任がなく「失敗してもいい」ので、周りの理解があれば
自分の思いついたことは何でもやってみていいのだ。


任地に初めて来たときには全く言葉もわからなかったし
私の任地には日本人は誰もいなかったので
唯一頼れるのは辞書だけだった。


とはいえ、辞書を握り締めていたところで
会話も早すぎて単語の一つさえ聞き取れずに
結局わけのわからないままという日の連続で
一日一日を過ごすことだけで精一杯だった。



この状態でどうやって「活動」していけばいいのか
焦りや不安もあったけれど
周りのドミニカ人の助けと協力のおかげで
1年ちょっと経った今、少しずつ流れができて形になってきた。



そして1年と3ヶ月が経って今、随分活動環境が変わった。
私の任地で日本政府が4年がかりの観光プロジェクトが始めたのだ。


日本からインターナショナルコンサルタントや
専門家の人たちが観光省にきて一緒に働くことになった。


私はボランティアなのでプロジェクトの一員ではないのだが
同じ観光省内で働いているし、方向性も同じなので協力し合って
いい関係を築きながらやってきたいと思っているところだ。


というわけで以前とは違って観光省内では日本語が飛び交っているし
会議となるとドミニカ人、日本人、アメリカ人、カナダ人、コロンビア人・・・
と、多国籍の人たちが集まる。

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この国にきて、日本人を含め多国籍の人と一緒に活動することになるとは思っていなかったが
彼らは私のようなボランティアとは違ってプロフェッショナルなので、いろいろ学んでいきたいと思っている。


先日もプロジェクトのプレゼンテーションがあって
プエルトプラタ県内から役所や政治関係、観光関係者など200人もの人たちが集まった。


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経験も知識も浅い私一人では全く思いつかなかったことや
予算的にも不可能なことをプロジェクトはバンバンと捌くようにやっていく。
今後は一緒にコラボして協力できる部分は前向きに。一方でボランティアだからできること、プロジェクトには目の届かない部分を私が拾っていきたいなーって思っている。




以前、光栄なことにこの国の大統領にお会いした。
「君は日本からのボランティアだね。」と、私の活動のことを気さくに質問してくださった。

彼はこの国で初めて「貧困地域」から誕生した大統領だ。
とても光栄で貴重な体験だった!



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先日、プエルトプラタの大学の先生とジャーナリストとの人とラジオに出演した。

今の私には「観光」についてスペイン語で流暢に話せる語学力も知識もないのに
生放送だというから心配だったけれど、まじめな感じで始まった番組もやっぱりドミニカ人。

いつものノリで話は途中でくだけながら「日本ってどんな国?」から「ところで彼氏いるの?!ドミニカ人はどう?ハハハ!」など自由奔放に広がってなんだか楽しく終わった。


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そんなこんなでこの国にいるのも残り8ヶ月。
こんな機会はもうないだろうし
活動も生活も楽しく過ごして
無事日本に帰りたいなーって思う。







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